ポテトとサルバドーラ

海外文学の読書感想文

『オレンジだけが果物じゃない』ジャネット・ウィンターソン

たいていの人がそうであるように、わたしもまた長い年月を父と母とともに過ごした。父は格闘技を観るのが好きで、母は格闘するのが好きだった。何と闘うかは、問題ではなかった。とにもかくにも、自分がリングの白コーナーに立っている。それが大事なのだった。(p.11)

オレンジだけが果物じゃない (白水Uブックス176)

オレンジだけが果物じゃない (白水Uブックス176)

 

ものすごいパンチの出だしである。本屋で立ち読みし、レジへゴーストレート。

 

オレンジだけが果物じゃない』は、作者ジャネット・ウィンターソンの半自伝的小説である。孤児だった主人公ジャネットを引き取った狂信的なキリスト教徒の母は、信徒としての英才教育を彼女に施す。行政からの指導で、ジャネットは普通の学校への通学を余儀なくされるのだが、家で学んだことや教会コミュニティと学校の間の大きな文化差に沢山の問題を抱えこんでしまう。そして、ジャネットは同性愛者である自分を発見し、母親とキリスト教と対決し、別離し、大人になっていく。

 

圧倒的な描写力で悪魔について語り、同級生にトラウマを作ったり、地獄に落ちて泣き叫ぶ不信心者の刺しゅう作品をコンテストに出したり、学校における一般の生徒との乖離っぷりがすごい。

 

このお母さんの狂信ぶりを見て、良心や価値観のシステムが脳外にあるルールブック(たとえば聖書)と強固に同期されているというのは恐ろしいことだと思った。ジャネットがいくら母の心に自分の気持ちや希望について語りかけても、母の脳にインストールされているルールブックに反している限り、絶対に娘を受け入れることができないのである。変化に開かれていなければ、他者を受容することは極めて困難である。

 

それにしても、マジックリアリズム的に差し挟まれるおとぎ話のようなパートが、なんとなく余計な感じがするのは私だけか。