久しぶりのポール・オースター。仕事がつらいなあ、人付き合いはしんどいなあ、と思い悩むときの劇薬として使える、とびきり気の滅入る物語だった。これさえ読めば、今自分のいる場所は少なくとも地獄ではないんだと安堵できる。
- 作者: ポール・オースター,Paul Auster,柴田元幸
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 1999/07/01
- メディア: 新書
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地球上の各所で今まさに起こっている様々な不幸を収集して、ひとつの地域に押し込んだような悲惨な世界の様相が書き綴られていく。壁によって厳重に閉鎖された世界、油断するとすぐに奪われ、殺されるような世界に、主人公の女性が兄を探しに行って帰ってこられなくなる。この物語は彼女が元恋人に送る手紙の形で書かれている。
本作の暗さには、肌にまとわりついてくるような気持ち悪さがある。例えば、『すばらしい新世界』を(やや乱暴に)「ディストピア文学」として同列に並べて考えるなら、ハクスリーには、からっとした明るさみたいなものがあった。それは、あくまでそこで展開されるSF的ディストピアがまだ見ぬ未来のものである、という安心感からくる。それに対して、『最後の物たちの国で』は、とにかくじっとりと暗い。この暗さというのは、物語世界の不幸のありよう全てに感じる既視感にある。いわゆる発展途上国のスラムなんかを歩いているときに見たもの、物資に限りのある閉鎖された環境に生活したときに見たもの、新聞で自国の政治欄の中に見たもの、それを一つの時間と場所に収斂させるとこうなるだけの話なのではないか、という自分との「近さ」が心を不安にさせる。オーウェルの『1984年』も、『最後の物たちの国で』よりは、まだ遠い。
寝る前に読むと悪夢を見るので、日が出ているうちに読むことをお勧めしたい。